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コラム
◆徳之島は別天地だった
9月の初旬、恒例の奄美・徳之島に出かけた。今年は一度も台風が上陸せず、果物が豊かに実り、9月だというのに、マンゴーはわんさとあり、バナナは緑みどりしてたわわに実っていた。紫紅に近い色をしたドラゴンフルーツはあちこちの畑にぶらさがり、パインナップルは赤黄色く色づいていた。 例年とはちがうこの有様にうれしくなった。次々と親戚から運び込まれ、毎日のように口に入った。
空はどこまでも青く広がり、見はるかす水平線は岬(犬の門蓋)と岬(犬田布)をつなぎ、また東シナ海と太平洋の分水嶺をつなぎ、左手に与呂島(奄美大島のすぐ南にある)、右手に沖永良部島を従えている。引き潮になるとサンゴ礁は地肌を見せ、サンダルでそのリーフの先端まで歩いていける。あちこちのワンドには、ちっちゃな天然色の魚から20センチはあろうかという黄色と黒の縞模様の魚が悠然と泳いでいる。白砂の広々とした浜は、ほとんど貸し切り状態で、派遣で島に来ている看護師とその東京の友人が二人で水着のまま日向ぼっこをしていたところへ声をかけ、しばしの間語らい、帰りには学生とおぼしき若者二人と立ち話をした。青年の一人はどうやら話から親戚のようで、いつもお世話になている方の長女が母親らしい。この島では、どこにいっても親戚の人に出会うのだ。
夜には、同じ敷地の別棟に住む親戚の若主人と、この家を建築していただいた親戚の叔父さんに来ていただき、私の姉と弟夫婦を交え、酒盛りをした。酔うほどに叔父さんは戦時中の話、そしてつれあいの親にまつわる話を口にする。おもわぬ初耳の「事実」がぽろりと口から出て、〔そうなんか、そういうこともあったのか〕と、心にメモをすることになる。
翌日の夜は、その叔父さんのおつれあいの方が、昼見えた。お手製の「島豆腐」「島ラッキョ」を持参してくださった。そういえば、2日前は、若主人の母親で親しくしている方が、この島いちばんの「とんこつ(豚骨)料理」を鍋いっぱいに炊いて運んでくださった。
「この島はね、なんでも自分らで作れるものは、作るのよ。自給自足だよね。」
この言葉の背景には、〈ソテツ地獄〉のような厳しい暮らしがあった。台風に見舞われる、飢饉がやってくる、そういう飢餓状態がいつ何時やってくるかわからない、そのことに備えてのことだ。
「ちょっとした空き地があれば、野菜でもなんでも植えたよ。種をまくのはいつ、取り入れはいつ、それは旧暦の農事の決まりに沿ってやるんよ。8年ほど前からまた牛を育てているけどね、これがまた大変。人間なら待てるけど、牛はお腹がいっぱいにならんといつまでも鳴き声を出す。それが近所迷惑でやかましいし、あそこは牛に食べさしてないのかと思われるのもいやだからね。牛に食べさせてからやっと自分らの晩御飯よ。牛の食べ物も、値段があがって、大変。やっと子牛を産む段になる。これは満月の日でないと産まないんよ。無理に引っ張り出そうとすると、親も子牛も傷つけるからね。」
そういえば、サンゴ礁の産卵も満月の夜だった。海ガメが産卵のため浜にやってくる。そして産卵するのも満月の夜ではなかったか。知り合いの家具屋さんは、産卵の場所を知っていて、夜中に出かけるとか。夜光貝も素潜りで採ってくると言われていた。炒めた身はおいしく、大きな貝殻は磨くと緑色の光沢が出て、土産物の店などでは何千円という値がつけられている。以前、家具屋さんから二つほどいただいて置物にしている。
農家は、すべて陰暦の暦で暮らしを立てている。それは実に理にかなっているという。都会に住む私たちは、生産農家がそうした暦に従って農事を進めていることなど知らずに、「安ければいい」「産地など関係ない」という風で買い物をしている。
家の玄関には親戚から届けられた「冬瓜」や「かぼちゃ」などが転がっている。都会なら、さしずめこれだけ大きな冬瓜ならスイカに匹敵する値段がつくことだろう。肉牛・闘牛の育て方の違いなど、叔母さんとの話は尽きなかった。
※つい最近出かけた徳之島のことを書こうとしたのは、日野原重明さんがつくられた「詩」を読んだからだ。96歳の日野原さんは、どんどん新しいことに挑戦されている。今回つくられた「詩」には、曲が付けられたとか。どんな音楽が聴けるか、楽しみだ。以下、その「詩」である。
人はこの大自然から
生きるに必要なすべてを
贈り物として受けてきた
何億年にもわたって
それは光 熱 空気 風
雨や霧 雪からの水
緑の山と紅葉する樹々
四季の野と碧(あお)い海
花と昆虫 その他の生物
そして山や谷をかけめぐる動物の群
エデンの園を追われたアダムとイブの子
カインの末裔(まつえい)としての現代人は
自然や生けるものの命をなんと数多く奪ってきたことか
現代人よ そろそろ自然に還ろう
文明に限界ありとの教えを謙虚に受けて
平和な自然の生活に少しずつ戻っていこう
そう 素朴な生活に しかし 思いは高く
欅(けやき)の梢に揺らぐみどりの若葉のように
「人はいくつになっても生き方を変えることができる」
「増やすなら微笑のしわを」
(日野原重明『生き方上手』ユーリーグ刊)
◆お世話になった「コリアボランティア協会」
◆国立療養所栗生楽泉園 藤田三四郎 様
◆一度は出かけたかった「近つ飛鳥博物館」へ~先人の偉大な知恵と暮らしの営みに脱帽する貴重な体験~
◆徳之島は別天地だった
◆身体の記憶をたどる旅
◆「教師駆け込み寺・大阪」趣意書より
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