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◆第14回 「教育・教師を語る会」
~「詩がたり」の里みちこさんをゲストに迎えて~
●2010.11.21 第14回 「教育・教師を語る会」 ~「詩がたり」の里みちこさんをゲストに迎えて~
この日の「語る会」は、各新聞社が告知記事を出して下さったこともあり、16名の参加者があった。最初は、いつもの「ウオーミングアップシート」による交流をし、その後会を始めていった。恒例の「ゲストによる15分のお話」はなしで、里さん自身に問いかけて欲しいということだった。
というのも、すでにお膳立てされたとおり教育の場について論評したり、予定された「詩がたり」をしたり、そんなところから最も遠い人、それが里みちこさんだ。計画しその通りに進む予定調和をきらい、その場に臨んで、その場にいる人を見ながら話す、それが里さん流だった。
「私は、先生方の研修の場にも呼ばれるンですけど、メモは取らないでと言うんです」「メモを取るということは、言葉として発せられた表面をすくい取ることで、頭でわかろうとすることであって、心が感じることから出発してほしい」という言葉に、端的に里さんの気持ちがあらわれていた。
そこには、聴き手が「受け取りたい・汲みつくしたい」という姿勢で臨んでほしいという願いがこもっている。話し手の「心の声」を聴くことを求められている〔「心」はheart.ここにはhear「きく」が入ってるでしょ!〕。言葉の発し手からすれば、それは「出会ったその場・その人に(即興で)語りかける」ことになる。子供は自然にそれを日々行っている。大人はそういった子供存在であったことをとっくに忘れてしまっているのだ。
◆こんなふうに見てくると、里さんが58歳のとき、出身の島根県の三沢小学校に転入され、1年間通われ、子供たちと共に学校生活を送り、ともに学んだということが自然に納得される。詳しくは語られなかったけれど、その場でとっても素敵な体験が重ねられたのではないかと。事実、1年間の在学中に多くの「詩」が創られたようだ。
この辺りで、「出会いのレシピ」を読まれた。
―― 美味しい出会いを つくるのに/こんなレシピは いかがです
みずみずしいこころを鍋に目分量/ひとが好きを ひとにぎり
やさしい野菜を 一束入れて/にくい思いは 入れません
砂糖は ころあいひとつまみ/塩はしおどき かくし味
ユーモア ウイット ふりかけて/寛容たっぷり 入れましょう
熱くなったら 火を弱め/コトコト煮える その音を
聴く耳 木耳(きくらげ) しづかに入れて/水をさしてはいけません
こうしてできる出会いのごちそう/あくしゅするたび うまくなる ――
「どういう時に詩ができ・どういうことが詩になるのですか」の問いに、里さんは「私の歩いた跡が詩になる」と話されたと思う。いわば「心の葉っぱに掻きつける・描く・そして書く」と。参加者のお一人が「言葉はまさに〈言の葉〉だということを里さんのお話で再認識できた時間でした」と言われた。
子供育て・孫育てをする大人が、何をやっても長続きしない子供・孫を見ていてイライラする。要は大人の基準で見て、待てないのだ。感じることをしなくなった大人たち。里さんは、ある日街中で「夕陽」に立ち止り、「夕焼けの神秘の美しさ」に動けなくなる。見とれる。が、街ゆく人たちはサッサと行き過ぎる。この「立ち止る」「待つ」ことが教育にも必要だという。educationは「教育」という意味だが、この単語に含まれるeduceは「引き出す」という意味がある、里さんはこう指摘された。子供の内部で発酵するのを「待つ」こと、これが今の大人に欠けてしまっている。その結果、子供の「感受性」の芽を摘み取っている。里さんの詩がたりを聴いたある小学生、この子は「いじめっこのリーダー」だったけれど、その後里さんに手紙を書いた。「詩」は暗いと思っていた、これまで人に「ナイフ」をつきつけてきたが、詩は「人の心にきれいな花束を届けるものだとわかった。そんな花束を届けられる人になりたい、と。
里さんは、「息子へ」という詩を語られた。
―― 息子よ 創造の旅を続けよう
外側から造られる人間ではなく/内側から創っていこうね 自分を
考えてごらん 自分の頭で/感じてごらん 心の中をありのままに
聴いてごらん 心の奥の無言の声を/語ってごらん その声を 自分の言葉で
通ってごらん 深い心の葛藤の道を/生きてごらん あなたの誠実な選択で
◆参加者の中の一人、民間企業にお勤めの方が、家庭で次のような「家訓」を毎朝家族で唱えている、という話をされた。題して『きそまたルール』
・ あいさつしよう!
・ まずやってみよう!
・ なんでも伝えよう!
この話を受けて、別の参加者の方が、「最近読んだ本の中にあった話ですが、家の人が〈お早うございます〉と声に出して挨拶しても、その子は返すわけでもなく下を向いていた。何度挨拶されても変わらなかった。が、この子が大きくなり、ある会社に入社して、会社の人が〈みなさん、お早うございます〉と挨拶されたのに対して、誰よりも大きな声で挨拶した、という話が出ていました。ですから、返事をしないからといって無視しているのではなく、体に入っていたんです」と言われた。始めは「うっとうしいなー」と思っていても、繰り返し言われているうちに「体が覚える」。それが後になって外に出てくる。
先の民間に勤務されている方が、「子供らに押し付けているのではないか」と懸念されていたが、ご自分の発案で実行されている朝の「きそまたルール」も、いずれ子供の中に何らかのことを刻印していくのではないか、そう考えてみると、決しておかしなことをしているのではない。
◆この日の会が終わってすぐ、この方からメールが入っていた。
「まず、父親の私が、お題目のように唱えるだけでなく、実践して《身体感覚》を体感することから再出発しようと思いました」と書かれており、加えて「いつか、子どもたちがわかってくれる日がくると信じています」と結んでおられた。自分のやりたいことの本質が、この会のやりとりの中で見えてきたとも。
この日の会では、この方だけでなく、里さんの「さりげない促しで」「皆さんの『内なる声』が吐露できたように 思えたことでしょう。なぜか「涙」が出てくる、という体験をされた方が多かったように思います。おそらくそれは、参加されたみなさんの身体感覚に訴える「肉声」が、この場を特徴づけていたからでしょう。
そういえば、参加者のお一人が、ご自分のお父さんのことを語られました。その父上は喉頭がんになり、手術をして「声」を失った。それでも電話をしてきて、声にはならぬ声で自分の名を呼んでいることがご本人には分かるのだという。それまでのその父上と娘の関係がどうであったかは別として、肉声を失ったがゆえの本当のcommunicationがなされたと言えるのではないか。里さんはcommunicationには「come」が含まれていると指摘された。comeには、来る、行くという意味以外に、起こる、生じるという意味もある。心の行きかいによって心の調律がなされる。 出会った教師によって、新たに出会いなおした親子のように、そこに希望が湧いてくる。「明日への希望」が、人に生きる勇気を与える。心の裏側に人には明かしていない悲しみが隠されている、辛い過去にうちのめされ、人に心を開かない、そんな人たちがぶつかり、自問し、変わっていける、そこに「希望」をつないでいける。ここで、里さんは「希望」という詩がたりをされました。
―― 希望の「希」の字は/布の上にお星さまが光っています
希望の「望」の字は/月の下に王さまも座っています
布はどんなものも包みます/ひろく やさしく あたたかく
まるでお母さんのように
月はどんなものも照らします/じっと黙って そのままに
まるでお父さんのように
希望―それは父母から生まれた/いのちそのものなのでしょうか
言葉が本当の力をもつには、その背後に深い「沈黙」をもたなくてはならない。「沈黙」に支えられてはじめて言葉は力を持ち、人を動かす。その言葉が、肉声を伴って発せられ、相手の身体感覚に届いた時、本当の人と人とのつながりが生まれる。里さんは、静かにそのように話された。そしてhappyになる。
happyとhappenは同源だと言われてみると、なるほどとうなずく。happen onは、「偶然…に出会う」という意味になる。その偶然が必然となって人と人とが結びつき、happyになる。
一回きりの人生をhappyになることをめざして生きる。そこで、もう一度最初に引用した里さんの「出会いのレシピ」を振り返る。
ハイデッガーの哲学の話も出た、武満徹の「沈黙と語り合えるときに」という本のことも出た。一見難しそうな話にもなったが、心で感じ合える空間で2時間半という長い時間、参会者の心がつながった場だった。こんな言葉で綴るのももどかしい、伝えきれないどっしりとした重みのある中身であった。
◆先に「いじめっ子」の中心になっていた子供が、里さんの詩がたりの後、手紙をよこしてくれた、という話。それとの関連で、私が以前授業を担当していた大学で、やはり里さんに詩がたりをしていただいた折、二十歳くらいの学生が、普段見せない集中を見せた、その学生たちに「二十歳の祝詩」を里さんが葉書にしたものをお土産にくださったという話を私がしたら、それも語って下さった。
―― 親子で出会ったあなたとわたし/ふしぎなふしぎなめぐりあい
よろこびかなしみ共にして/今日まできました二十年
あなたの道は/この橋渡ったところから/大きく続いているのです
橋の上から みたでしょう/川の流れを ひとの世を
わたしはかけはし/いずれ朽ちゆく木橋です
ここであなたをみています/ここでじっと祈っています
おめでとう 二十歳/ありがとう 二十歳
時に詩がたりに耳を傾け、参会者の声に聞き入り、会は終わりました。ありがとうございました。
(以上 文責 下橋 邦彦)
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