お問い合わせをお待ちしております
TEL. 00-0000-0000
営業時間 AM10:00 ~ PM20:00

HOME > これまでの催し のページ

これまでの催し

◆小学校での初めての「いのちの出前授業」
             ~書いてくれた「感想」をめぐって~


 交野市の小学校の先生からメールが入ってきた。それが事の始まりだった。
人権教育の一環として「いのちの授業」をしてほしいと。小学校1年生から6年生を対象にしてと。

 講演ならともかく、「出前授業」である以上、6学年全部をいっしょにというのは無理がある。そこで、私のホームページに掲げている協同者の山下文夫さんに「一緒に」とお願いした。が、それでも無理があると考え、小学校で長年「児童詩」を実践された元校長の松下睦子さんに声をかけ、低・中・高の3グループに一人ずつが入って「授業」をやらせてもらうことになった。

 3人で分担し、私は3年生と4年生の「中学年」を担当することになった。先生方と2回の打ち合わせを行い、11月12日(金)当日を迎えた。小雨の残るなか、初めて交野市にある妙見坂小学校に出向いた。窓口になっておられる先生が駅前まで出迎えの車を用意してくださっていた。駅から学校までの間には新興の住宅地や旧村の家々が建ち並び、自然環境のすこぶる良いところだと感じた。

 校長室に通され、挨拶をし、そそくさと準備のため会場となる教室にそれぞれ3人が散った。私の使わせていただくランチルームは、「横長」でとお願いしていたが、OHP(教材提示器)の関係で急遽縦長にセットしていただき、児童にはできるだけ前の方につめて座ってもらうようお願いした。

 3,4年生の児童がぞくぞく教室に入ってきた。その可愛らしい姿に驚きつつ、さっそく始めていった。「大学生と違い、子どもたちはどんな受けとめをするだろう。なんせ小学生は初めてやからな?」とか考えている暇はない。用意していただいた白板に「下橋邦彦」の一文字ずつを書いた紙をはりだし、元気な大きな声で挨拶した後、「どないよむかな?」と聞きながら、おもむろに「アクロスティック」の自己紹介の紙を貼りだして見てもらった。

「じこしょうかい」
 
  もはしさんて どんな人?
 
  のすごく ハゲてるナ?
 
  -モニカ 吹くらしいでェ
 
  んぶんに ちょこちょこでてるそうや
 
  そいそがしいのに 出あるいて
 
  こにこしている ふしぎなひと
 
  とつここは どんな話をするか
 
  んじょういれて きいてください

 この「アクロスティック」は、どんな書き方でもいいし、何文字という制限もなく書ける。「いろは歌」のように一文字も重ならないで作るといった難行ではない。聴き手の年齢によっても、いくらでも替えることができる。上のは、本邦初公開のアクロスティックだった。「ぼくもアクロスティックをやってみたいな?」との声があとの感想でも見られた。(シメシメ)と喜んでしまう。むろん、内容はあとのお話を引きだしやすいように作ってある。「しもはしさんて何歳くらいかな?」との問いかけに、「85歳、50歳」とまちまちの答えが出てきた。「じつはおじさんは70歳を超えてるんや」と種明かしをする。「しんぶんにちょこちょこ出てるらしい」という箇所は、実際の新聞記事を写しだして見せる。「エー、ほんまや」「すごいなー」とか声がもれる。そのあとテレビに生出演したときの写真も写しだす。びっくりする顔顔顔…。ここでさっと「ミニミニハーモニカ」をとりだし、「これ何かな?」すると上のところに「ハーモニカ」と書いているので、すぐ当てる子が。そんならちょっと吹いてみよか。

 秋の真只中なのに「春の歌メドレー」を吹く。あとの方で、「母」に触れた時、「かあさんの歌」を2本のハーモニカで吹いた。

 こんな導入ではじめていった。さて、どんな子ども等の受けとめがされただろうか。初めてのことであり、正直わからない。お願いしていた「感想」がドサッと届いた。それを以下に紹介しながら振り返りをしてみたい。

                        〇
 *1    アクロスティックはたのしかったです。しんぶんにのっているなんてすごいですね。いのちのはなしもありがとうございます。かんじのはなしもありがとうございます。(3年) 
 *2  じこしょうかいのやつがとても面白かったです。問いかけも楽しかったです。村上(しいこ)さんと落合(恵子)さんがかわいそうだと思いました。下橋くにひこさんが新聞にのってるのがびっくりしました。(3年)
 *3  今日はいそがしい中きてくれて、ありがとうございました。命は大切なんだなと思いました。本当にありがとうございました。(4年)
 *4  下橋先生、今日は妙見坂小学校に来ていただき、ありがとうございました。村上しいこさんのことやいろいろ分かりました。昔はお母さんやお父さんが子どもをいじめていたりしたんだなと思いました。本当にありがとうございました。(3年)
 みなしっかりした筆圧で、丁寧な文字で書かれている。もうここまで読むと目がうるんでくる。-シモ

 *5  こころにのこったことが2つあります。1つ目は漢字のなりたち、2つ目は命についてです。理由は、漢字はあんなふうに作られることがわかったし、命はとても大事だと思いました。ほかにもいろいろ教えてもらって、とてもわかりやすかったです。(4年) 
 並列表現は難しい。それと「理由は」と書き始めて、あとが長くなると「…だからです。」と書くのを忘れてしまうね-シモ

 *6  私が下橋さんのはなしをきいて、おもった事は、2つあります。1つ目は、かんじのなりたちです。2つ目は、命についての事がとってもふかいとおもいました。あのはなしは、へ?とおもう事が、たくさんありました。(4年)
 *5,*6の人は、どちらも「こころにのこった(おもった)ことが2つあります」と、先に「2つ」といってからその2つの内容を書いているところに感心した。論理的思考が先生方の指導もあり、育ってきていることが分かる。こういう論述の仕方を心得ない、延々とつづくスピーチにうんざりさせられる場合があるが、こういった児童に見習ってほしいとさえ思う。-シモ

 *7  今日は全然知らなかったことを知れて勉強になった。漢字のなりたちや命の大切さなどが良?く分かってものすごくいい勉強ができて楽しかった!!!(4年)
 どうやら「漢字の成り立ち」と「命の大事さ」の2点に集約される観があるが、その二つの事柄の関係はどうなっているのだろう、そう疑問に感じられる方もいることだろう。私は、「いのち」の話を何を切り口にして始めていけばいいか、それを考えた末、私の専攻である「日本語」から入っていこうと決めた。石川県の金森俊朗さんの授業でも「包」という漢字が取り上げられていたし、「左手と右手」が重なったのが「友」だということを取り上げた時、そこから「みなにとって《友だち》ってなんだ?」と子ども達の友だち観を引きだしていたことが念頭にあった。この点はまた後から触れることになる。-シモ

*8   はじめは、「どんな話、どんな勉強をするのかなぁ?。」と思っていたけれど、話を聞いていたら、よそういじょうに深い話をしていたり、漢字の前のすがたを6つ?(母、父、男、女、包、抱)もおしえてくれたので、かなり勉強になりました。「命を大切に」ということも、よく分かりました。(4年)
 *9  下橋さんに、大じなことを、いろいろおしえてもらって、うれしかったです。下橋さんは、わかりやすいことをゆってくれて、よかったとおもいます。命のこともいってくれて、とてもうれしかったです。(4年)
 *10  人の命のことをよくしっていて、赤ちゃんのことまですみずみまでしっていて、すごいなと思った。小さいハーモニカや2つでふける人は、はじめてみました。ほかの学校でもやってほしいです。(4年)
 子どもたちは、「まなびたい、おしえてほしい」という願いを強くもっている。その願いに応えていくのが教師の仕事だ。その願いに応えていけた時、子どもたちは驚くほど伸びていくのだ。-シモ

*11   下橋さんの話を聞いて、いっしょうけんめいわたしたちにしってもらおうという気持がつたわった。わたしはそう思った。わたしは、幸せだなぁと思った。そういう気持をわすれないようにします。(3年)
 どうだろう、この気持ち。こういった子どもたちに毎日接していく教師の仕事のすばらしさ、逆に今の教育条件下でのむずかしさも、あわせ感じさせられる。-シモ

 *12  わたしは、しもはし先生にはじめてあいました。テレビにでている人にあえるなんてびっくりしました。わたしは下橋先生にいろんなお話をしてもらいました。そのはなしはかなしいはなし、たのしい話いろいろありました。下橋先生にかんしゃしています。ありがとうございました。(3年)
 *13  下橋さんのことを聞いて、ぼくは、命がどうやってできるかということや、命の大切さがあらためて分かりました。今日は学べました。下橋さん長い時間しゃべってくださってありがとうございました。(3年)
 「今日は学べました。」に思わず立ち止まる。-シモ

*14   下橋さんはすごいなと思った。なぜなら命の事をものすごくしっているし、ハーモニカもすごくうまかったからです。大学の先生にはものすごく向いているなと思いました。ぼくもサッカーだけじゃなくて下橋さんみたいに色々な事を勉強したいです。(4年)
大学の先生に向いていると「お墨付き」をもらえたので、もう少し大学で授業を続けていきたいなー。-シモ

 *15  下橋さんは思っていることを全ぶ話してくれてうれしかったです。みんなのことをかんがえて話してくれたので心にのこりました。(3年)
 *16  命は、やっぱり大切だなと思ったし、やっぱり人げんは協力しあって生きているとわかった。じこしょうかいがとってもおもしろかった。とくに自分から「ハゲてる」とゆったのがおもしろかった。(4年)
 先手必勝と言いますからね。最近よく「帽子」を被るようになりました。防寒ということもあるけれど、「ハゲ」を隠してるんやで。それはともかく、「人げんは協力しあって生きているとわかった」という認識に、その解り方が「すごい」と思った。-シモ

                      〇

 私の話をめぐって書かれた3?4年生の「感想文」は多岐にわたっている。が、さまざまな具体的な話をとおして「命の大切さを感じた」という一本の線で貫かれている。言葉としてはこれまでにもそうした観念はもっていたかもしれないが、具体的な事例やこれまでに知らなかった切り口で示されたことで、実感をもって感じたという声が圧倒的に多かったと言える。以下に、節にわけながら見てみよう。

A 3億分の1のいのちーー母も胎児の私もがんばったから「今」がある

 *17  ぼくは人間がすごいと思いました。なぜなら、赤ちゃんが生まれる時、男の人と女の人の愛で赤ちゃんが生まれるんなら、その思いで赤ちゃんの気持ちがかわるんだろうなーと思いました。じつは、ぼくのお母さんは、助産師です。だから赤ちゃんが生まれる時は、「うーん」といっているのがきこえてきます。(4年)
 そうかお母さんが助産師だから、この人は日常的に(間接的に)出産に立ち合っていると言ってもよい。おかあさんの息む声、産道をとおってこの世に出てこようと母親に協力している胎児との協働としての場面をこの人はイメージしているのだろう。-シモ

*18  ぼくたちは、母や父の愛じょうがそそがれて生きていけるんだと思った。少しむずかしかった。生きる時間は短くても、大事な時間だと思った。(4年)
 *19  命の大切さがとっても分かりました。お母さんとお父さんがいないと子どもも産まれてこないということや、漢字は中国から送られてきて物の形から漢字ができたということが分かりました。自分で命は捨てたら本当にいけないんだなと思いました。(4年)
 *20  大切な命のことを教えてもらいました。「どんな人でも、お母さんとお父さんがいて、お母さんやお父さんのたから(宝)物だとわかりました。命はかぎりがあるからすごく大切なものだとあらためておもいました。(4年)
 *21  「パパとママがいるから私がいる」と言う話がいちばんこころにのこりました。とても勉強になったし、こころにのこったし、かんどうしました。(4年)
 *22  命は大切だけど、ぼくの思っているだいじさの倍あるんだなと思って、すごく大切にしなければならないと思いました。だからこれからはぼくは自分の命をまもります。(3年)
 *23  ぼくは下橋さんの話を聞いて、「赤ちゃんが生まれる時には赤ちゃんもお母さんも頑張っているんだなー。」とはじめて知って、命の大事さを知りました。(3年)
 *24  人が生まれるということは、すごくき(貴)重なことで、わずか3億分の1のその一人がお母さんのお腹の中から生まれて来る時、赤ちゃん自身も頑張っているし、お母さんも頑張っているということがよく分かりました。それに、生きているということは、それだけできせき(奇跡)なんだとも分かりました。(3年)
 *25  お母さん(母)に命を産んでもらい、大切な命を産んでくれたから、お母さんにかんしゃだよ!3億もの(精子)がか(勝)ちすすんで1個にのこってぼくたちは産まれてきたから、1個もなかったらぼくたちは産まれてなかった。話してくれてありがとうございます。(4年)
 *26  下橋先生のお話を聞いて、漢字のなりたちや命のことをならってわたしは、漢字のなりたちで「包まれる」という字がおかあさんがおなかのなかの子をまもっているという意味(があるということ)は、知りませんでした。ほかにも子どものころのかわいそうな話とかも感どうしました。(4年)
 *27  たくさんの漢字のなりたちを教えてもらいました。なりたちの形はなんだかふしぎでおもしろいです。とてもわかりやすい話でした。(4年)
 *28  女・母・父・男・包・抱・乳は、それぞれ漢字のなりたちがぜんぜんちがうと知って、びっくりしました。下橋先生が言っていた、胎内にいて1時間でも生きていればそれがその人の一生という言葉にかんどう(感動)しました。さいごに先生が言っていた3つが私の中で心にのこっています。(4年)
 「3つのこと」は後述します-シモ

*29  うまれてきてすぐな(亡)くなる人もいるし、おかあさんのおなかのなかでなくなる人もいるから、いきているだけで幸せだと思った。(4年)
 *30  世の中には100年生きれる人もいれば、1日しか生きられない人もいる。私だって長生きしたいけど、1日だって1時間だって生きているんだから、どのくらい生きたっていいと感じました。(4年)
 *31  ぼくが一番心に残ったことは、お母さんのお腹にいる時は、たいじ(胎児)ということをぼくは初めて知りました。いろんなことを教えてくれて、ぼくはとてもうれしかったです。いつもよりも勉強になりました。(4年)
 *32  わたしは下橋先生に命のことについて教えてもらいました。おかあさんのおなかの中に赤ちゃんのいるときに、お母さんがピリピリしていたらおなかの中にいる赤ちゃんも命がピリピリしてしまったりすることをはじめてしりました。命はわたしが思っていたよりも大切だということがわかりました。(3年)
 *33  ぼくが感動した所は、赤ちゃんがおなかの中で手をあわせていの(祈)っている所です。なぜならおなかの中にいるのに手をあわせるなんてすごいと思ったからです。(4年)
 *34  3億のいのちが1人分だけになるのが、びっくりしました。まだおなかにいる子は、たいじ(胎児)というのもわかりました。3つの言葉はおぼえておきます。(4年)
 いのちの誕生をめぐるドラマについて、子どもたちは初めて聞いたようだった。図(先の金森俊朗著にあるのを使わせてもらった)をスクリーンに映しだし、精子と卵子の奇跡的な結合の模様を知ってもらうようにした。そこから、父と母との愛情によって自分たちの命が生まれたということを感動をもって受けとめたのだろう。
 4か月頃の胎児の写真を見せたが、*33の児童が書いていたように、まさに「胎児の姿は祈りの姿」であると実感したようだ。ここで、母体が何を感じどんな感情の動きを示すか、それによって子どもへの影響が違ってくることにも触れた。さらに、10か月余り胎内で過ごした胎児がいよいよ外界に出ようとして、産道を通って母親に協力する形でがんばってこの世にあらわれでるドラマにも子どもたちは関心を示したようだ。
が、生まれ出たとたん「死」を迎えてしまう命、生まれてきた赤ちゃんが「障碍」をもって生まれてくることもあるという事実にも触れた。また、幼くして小児がんにかかり、長い病院生活のあと10歳で亡くなっていった宮越さんという女の子が書き残した「命」という詩があることも伝えた。私の兄の初めての子どもが重い心臓病をもって生まれてきて、出産間もなく亡くなった事実も語った。こうした出産をめぐるドラマのあと、親や祖父母たちがどういう気持でわが子や孫を迎えたかを表した《誕生におくる言葉》のいくつかを紹介した

 これら一つひとつのことがらを、子どもたちは懸命に受けとめようとしたことが、上記の引用から読みとれる。が、子ども達の受けとめはそこにとどまらないのだ。-シモ

 *35 命は大事だと思った。どうしてかというと、今大人の人が小さい時にいじめがあったり、赤ちゃんの時おなかでがんばったのに生まれなかったり、まだ小さいのにがんができるなんてびっくりしたし、かわいそうだなと思いました。(4年) 
 *36  (先の宮越さんの話をきいて)命はすごく大切だなって思った。でも、本当にずーと病院暮らしで十歳になって死んじゃった子(宮越由貴奈さん)は、とてもかわいそうだと思った。(4年)
 「命」という宮越さんの詩は、本になっており、ラジオやその他で取り上げられた。以来8年がたつ。あらためてどんな詩であったかを知ってもらうために後ほど紹介したい-シモ


B 話の中で紹介した児童文学作家・村上しいこさん、
            作家の落合恵子さんのことに触れて


*37  村上さんや落合さんはすごくつらいなぁと思いました。命は前からも大事だなと思っていたけれど、命のお話でもっと命の大切さを知ってよかったなと思いました。(3年)
 *38  命は大切な事は知っていたけれど、どれほど大切なのかが分かりました。どれぐらいかと言うと、ごはんよりも何よりも大切です。村上さんや落合さんみたいにさびしい人は、この世に(きっと)存在したくない(にちがいない)とぼくは思いました。(3年)
 *39  下橋先生のお話を聞いて、「やっぱり人間し(死)にたくなったりすると思うけど、命は大切にしないといけないな」と思いました。落合さんや村上さんも、「死にたい」とは思っていたけど、生きる勇気をもらってここまで生き、すごいと思いました。とっても自分の心の勉強になりました。(4年)
 *40  いちばんこころにのこったのは、村上しいこさんの話です。お母さんが(家を)出ていき、お父さんは単身赴任、本当のお母さんじゃない人に育てられ、ほんとうにかわいそうだと思いました。でも、本で考え方がかわるなんてすごいと思いました。(4年)
 *41  村上しいこさんは、学校でいじめられていて、「くさい」とかゆわれて、家に帰ってもどうせたたかれたりするから家に帰らず、公園でずっといて近所のおばさんが来て、おにぎりをくれたらしいです!わたしは、村上しいこさんがいじめられていて、かわいそうだと思いました。(4年)
 *42  おばあさんはおにぎりを作ってくれるなんて、やさしいなーと思った。/ぼくはお母さんにいじめられたことがないので、そんなにくろうするんだなーと思った。(3年)
 *43  村上しいこさんがぼうりょくをふるわれて、とてもかわいそうだなと思いました。でも、ずっと生きているので、すごいなと思いました。(3年)
 *44  命を大切にするなんて、ふつう(のこと)でしょと思いましたが、話をきいてどれだけ大切か、とってもわかりました。村上さんでしたか、自分の子どもじゃないからってこきつかわれたりして、私は話をきいて「(そんな人らは)最低とか、かわいそうとかいろいろ考えていました。お話をきいていろいろ学べました!(4年)
 *45  むらかみさんがいじめられるのはいややなとおもいました。ぼくがむらかみさんだったらいじめられるのはいやだなとおもった。(3年) ――村上さんや落合さんの「境遇」を知って、「かわいそう」「いじめられるのはいやだ」など感じる子ども達の心情は大事にしたい。どうしたらこういう子たちが…という気持を大事にしたい。
 *46  村上さんやおちあいさんのような人は、二度といないようにしてほしいです。(3年)
 *47  村上さんや落合さんみたいにさみしい人がいてほしくないです。(3年)
 *48  落合さんや村上さんは、みんなからたすけてもらったんだと思いました。(3年)
 豊中で第9回「読み聞かせ」シンポジュウムが10月6日に開かれ、そこで講演された童話作家の村上しいこさんのことに、話の流れで触れた。講演の半ばで、村上さんは、自分の辛かった生い立ちを語られています。「私は母親を知りません。私が1歳ぐらいの時、双子の弟と私を置いて出て行きました。父は弟2人を施設に預け、私を引き取りました。3歳の時、父が1学年上の女の子を連れた新しい母を連れてきました。
その後、父は単身赴任になり、3人の生活が始まりました。/継母はストレスのはけ口を私に求めました。(以下、そのすさまじい虐待ぶりが話され)毎日同じ服装で傷だらけの子は格好のいじめの対象になります。学校で《汚い》《くさい》と言われて、家に帰ると殴られて。」その後、一人公園にいたら近所の人がおにぎりを持ってきてくれたという話が続きます。
 /「6年生の時、担任の先生が皆の前でぎゅっと私を抱きしめ《どこが汚いんですか》と言って、いじめはなくなりました。でも、家での状況は変わらず…その後も大変な少女時代を送ります。そうした村上さんがどこで人間の尊厳を保ちえたか、そこを次のように語っておられるのです。/「学校でも家でも居場所がなかったんです。あまりにつらくて、死んでしまおうと思ったこともありました。でもある時、意識を変えることができました。図書室の本があったからです。ロシア民話の『てぶくろ』や赤毛のアン、アルプスの少女ハイジを読んで、『大丈夫、私も幸せになれる』と思えるようになり、今ここにいます。」
このくだりに子どもたちは心を強く動かされたのです。-シモ


*49  お母さんがいなくても、絵本でいきようと思ったっていってたけど、とてもすごいと思いました。はじめて知ったことが多かったです。これからがんばっていきようと思いました。(3年)
 *50  ぼくは絵本と出合うと心が入れかわることがあるんだなぁと思いました。それではじめて命がどれだけ大切なのかを知りました。それでぼくもできるだけ長生きしたいです。ぼくは下橋さんが(最後に)言った3つの大切な言葉を忘れたくありません。(3年)
 [「3つの大切な言葉」は後述]

*51 落合さんのお母さんが言った言葉はいいなと思いました。(3年) 
 落合さんについてはあまりくわしく触れられなかった。が、次の落合さんの『わたしとおかあさん』という新聞に載った文章の一部を紹介したのが、子ども達の心に留まったのだろう。
「おかあさんはね、あなたのことを欲しくて欲しくてたまらなかったのよ」正座した母の膝にまたがったオカッパ頭の女の子をゆっくりと揺さぶりながら、おかあさんは言ったという。落合さんは父親と一緒に暮らすことができなかった。それを知った遊び仲間が『おまえなんて、とうちゃんいないじゃないか』という言葉を落合さんに投げつける。べそをかいて家に帰った彼女を迎えたお母さんの様子が先に引用した通りだった。
その後、母親は、「おかあさんはね、風船のように大きくなっていくおなかを毎日撫でながら、おーい、早くでておいでよ、おーい、早くこっちにおいでよ。そして、おかあさんと一緒に暮らそうよ、とおなかのなかのあなたに声をかけていたのよ」。ほかの誰でもなく、わたしの目の前にいる、わたしが大好きなひと、おかあさんが、わたしをこんなに待っていてくれたんだ、と。
 若かった母親の温かいことばに包まれて、自己肯定感を養われていった落合さん。いま子どもたちに必要なのは、この「ことばかけ」ではないだろうか。子育て・育児をめぐるさまざまな言説があるが、この親子のように、必要なときに必要なことばかけがあれば、子どもは大きく崩れたりしないのだ-シモ
これをうけて、子ども等はまた次のようにも書く。


*52  生きていることがふつうだったけど、生きるのにせいいっぱいの人がいることを知って、こうかい(後悔)のない人生を送り、生きていることにかんしゃしようと思いました。(4年) 
 *53  今まであたりまえのように生きてきたけど、今日の話を聞いて、「生きているだけでとても幸せなんだ」と今日実感した。(4年)
 *54  わたしは今ここにいることもすごい、ということをまた思いだしました。命にはかぎりがある。わたしはこれから命をすてることはしないように生きたいと思っています。村上さんの話でもう感動してないていました。
〔野口雨情の「しゃぼんだの歌」を歌って、命はすごいと思いました。〕

 *55  命にはかぎりがある、命の大切なこととかを教えてくださってありがとうございました。日本には、かわいそうな人とかいてはるので、ごはんを食べる時やきれいな服を着せてもらうのも、学校にいくのもあたりまえみたいにやっていたらダメなんだなぁと思いました。それに何事もありがたいと思わなきゃなあと思いました。(3年)
 *56  ぼくは自分で自分の命をなくすのはぜったいになにがあってもそんなことはしません。お母さんをしらない人、いない人、お父さんをしらない人がいるなんて、ちっともしりませんでした。(3年)
 *57  お父さんのいないところもあるんだな。かわいそうだなとおもいました。わたしもそうなったらいやだな。いろいろな人がいるんだなとおもいました。(3年)
 こんなふうにこれまでの自分の生活を振り返り、これまでに考えたこともなかった事を知り、自分の置かれている立場以外にも目を向けはじめている。-シモ

――こんなふうにこれまでの自分の生活を振り返り、これまでに考えたこともなかった事を知り、自分の置かれている立場以外にも目を向けはじめている。

C 両親の「愛情」で「いのち」をいただいたのだから・・・

*58   家族がおらんくなると、めっちゃ悲しいから、家族を大切にしていきたいと思う。私の宝物は家族です。今日、家族にふさわしいことを学んだと思います。(3年)
 *59  命はたった一つだけ。これからどんなものでも、大切に使っていかないといけないことがわかりました。お母さんとお父さんの愛情があるからこそ、生きていることをほんとうに心からそう思った。(4年)
 *60  人の命はすごく大切なんだなと思った。お父さんやお母さんがどれだけ自分のことを大事に思っているか、今ならはっキリ分かる。命がどれだけ大事か分かった。これからも命を大事にして生きていきたい。(4年)
 *61  命が生まれて、長く生きれるのは、本当にきせき(奇跡)なんだなと思った。命は大切だとあらためて思った。(4年)
 *62  ぼくが死ぬと親が悲しむということが、改めてよく分かった。自分から死ぬことはぜったいにしないと心にちかった。(4年)
 *63  話をきいていのちはたいせつだな、だいじにしないと、お母さんやお父さんがかなしむなと思いました。(4年)
 *64  私は、いのちはすごく大切と思いました。なぜかとゆうと、いのちのためにこんなにがんばってる人もいるのに、いじめられたから死にたいと思うのはダメと思います。私もこれからいのちを大切にと思いました。(4年)
 *65  「生きている」ということがどういうことかわかった。いつも生きているとひどいこととさみしいことで、産まれてきた意味がわからなかったけど、今わかった。(4年)
 この人はこれまで生きてくる中で、辛く悲しい出来事に出会ってきたのだろう。「ひどいこととさみしいことで、産まれてきた意味がわからなかった」と書かれている。小学3?4年生ともなると、さまざまな「体験」をし、自分の中に悲しみや辛さを抱えこむ。それを人に言えない。きっとこの人もそういう一人なんだと思う。そういう存在としての子どものことに周囲の大人が気づいていけるか。きっといろんなサインを出している、それを見逃していないか。この子の訴えを受けとめる学級集団を作ろうとしているか。「今わかった」というこの分かり方に安心せず、支えていける関係づくりをしていきたいですねーシモ

*66  いのちはとても大切なんだなと思った。かんたんに死のうと思ってはいけない。気をつけようと思った。(4年) 
 *67  命ってすっごく大切だな?。親のぬくもりや人の心を考えない、気持ちが分からないような人には、ならないようにしたい。(4年)
 *68  いやなことがあっても、それを人にぶつけないことやきゅうしょく(給食)がふつうのことと思ってはいけない、ちゃんとかんしゃをして食べなくてはならないことがわかりました。(3年)
 *69  ごはんを食べるのや学校へくるのはあたりまえと思っていたけど、勉強してあたりまえではないと思いました。(4年)
 *70  今、わたしたちが生きていることは、すごいなぁ?!目もみえるし、耳もきこえるし、鼻もにおいをかげるし、体も動かせる。それって、すごくすごくすごい。ぜったいじんせいはかぎりがない。きめつけれない。そういうことがわかった。(3年)
[この気付きはどうだろう!言葉足らずではあっても、この子の気持ちがずしんと伝わってくる。このいただいた命を「かぎりない」人生で使い切らなくては!その一方で、「かぎりある」命をどう生きるか、ですねーシモ]

 *71  人の命は本当に大切だっていう事を知り、私は、「生きていてよかったな。」と思い、いっぱい学習できたと思っています。(4年)
 *72  命が大切な事が分かりました。食べ物もこれからすききらいしないよういします。(3年)
 *73  命があると、何でもできるんだなと思いました。命があると、未来があるということがわかりました。(3年)
 *74  すごく命っておくがふかいんだなーと思いました。これからも長いきしたいです。(4年)
 *75  下橋先生が命のことを話してくれたから、長く生きたいと思った。(4年)
 *76  命は、長生きとかがいいことじゃなく、命つきるまでいっしょうけんめい生きることがいいこと。(3年)

--子どもたちはさまざまな思いにとらわれたということが、こうした「感想」から見えてくる。それらを一つひとつ受けとめていくのは難しいが、していかなくてはいけない。そして何より大事なのは、教室のなかに議論の渦を巻き起こしていくことだ。それには、「詩」をとりあげることが有効だと、私は考え、投げ込んできた。この日も、数編の子どもの詩をプリントにして渡した。その中には入れていない、先に「あとで紹介する」といっておいた宮越由貴奈さん(当時小学4年)の「命」という詩を掲げる。


      

 命はとても大切だ
 人間は生きるための電池みたいだ
 でも電池はいつか切れる
 命もいつかはなくなる
 電池はすぐにとりかえられるけど
 命はそう簡単にはとりかえられない
 何年も何年も
 月日がたってやっと
 神様から与えられるものだ
 命がないと人間は生きられない
 でも
 「命なんかいらない。」
 と言って
 命をむだにする人もいる
 まだたくさん命がつかえるのに
 そんな人を見ると悲しくなる
 命は休むことなく働いているのに
 だから 私は命が疲れたと言うまで

 せいいっぱい生きよう

 みなさんのように毎日登校できない。病院の院内学級でその日の調子がよければ勉強する。由貴奈さんもそういった一人だった。が、ふだん明るくふるまっている由貴奈さんも独りになると辛くて泣いていたという。自分よりもまず人に、それが周りを明るくさせたという。この「命」という詩を書いて、まもなく由貴奈さんは亡くなった。親も友だちも、どれくらい悲しみに包まれたことだろう。特に母親は、なかなか立ち直れなかっただろう。子どもたちは、見守りつづけてくれた親を、どれほど深く思い続け、気を遣ってきたことだろう。

 いつ何時、家族のだれかがいなくなることがある、そうした不安の中に、今の家族は置かれている。家族の情緒的なつながりは、よほど努力しないと、弱まってしまい、すぐにも家族がバラバラになってしまう。親と子は、いずれ離れていく。親の願望だけで子どもをしばりつけることはできない。以前、戦争下にあった時代、暴力的に家族の大黒柱が奪われた。きっとそんな時代を背景にして生れた詩だろう。

    
     かぞく      山本 隆

 おとうちゃんがおった
 おかあちゃんがおった
 おじいちゃんがおった
 おばあちゃんがおった
 いもうともおったしぼくもおった

 おかあちゃんもおる
 おじいちゃんもおる
 おばあちゃんもある
 いもうともおるしぼくもある
 みんなはいつまでおれっだらーか
 ぼくはいつまでおれっだらーか


 宋 左近の編んだ詩集『あなたにあいたくて生れてきた詩』(新潮文庫)の中にこの詩を見つけた時の衝撃は今もはっきり覚えている。いらい、機会あるたびに紹介してきた。学生たちには、この詩を視写することをうながしてきた。そのうえで音読できればなお体に入っていくだろう。
 この出前授業で紹介した詩のうち、子ども等は特に以下の二つの詩に関心をもったようだ。

     ママ     田中大輔(3歳)

 あのねママ
 ボクどうして生れてきたのかしってる?
 ボクね ママにあいたくて
 うまれてきたんだよ


 胎内記憶ということが言われる。医師の池川明氏は、説明できないが、「ママを選んで生れてきた」とわが子に言われたお母さんが心から感動すると言われている。たましいの存在を認める人なら、この胎内記憶は受け入れられるはずだとも。今上映中の映画『うまれる』の監督・豪田トモ氏は、この池川医師の「えらんでうまれてきたよ」につき動かされて制作したと語っている。(池川・豪田著、二見書房、『えらんでうまれてきたよ』)
もう一つ、紹介しよう。

     愛      古谷日香里(小学3年)

 お母さんの子なら
 どこの国でも
 いいよ



D これだけは覚えておいてほしい?
     下橋の願いを受けとめてくれた子どもたち


*77  「女」(の象形文字 )とか、最初はへんてこりんだと思ったけど、深い意味があるのだと思った。村上さんはけがだらけで、つらい人生をおくり、図書室の本で助けられて、本はすごい物だと知った。命にはかぎりがあり、自分は一人じゃなく、生きているだけで親こうこう(孝行)だということ、心にしっかりきざみます!(3年)
 *78  一人だけでは生きられない、みんながいないと生きられない。命はたいせつなことをしった。これからは、命を大切にするようにがんばるぞ。いつも元気でいられるようにがんばる。(3年)
 *79  今、生きていることは、すごいことなんだなーと思った。つらい時でも、一人ではないということを思って、生きていきたいと思った。お母さん、お父さんが、すごく大事だと思った。/しょうがい(障碍)を持って生きている人もいるし、生まれてすぐなくなる人だっているから、ぼくは、この命を大切にしようと思った。(3年)
 *80  命のことをくわしくおしえてくれて、命にはかぎりがあるとか、たいせつなことを教えてくれて、いろんなことをしっている人だなと思いました。自分は1人じゃないってことがこころにのこりました。(3年)
*81   ぼくが心にのこったのは、「自分は一人じゃない」という言葉です。(4年)
 *82  こころにのこったところは、「生きているだけっで100点満点」って言ったところです。(4年)
 最後に引用をさせていただくのは、次の3つです。

*83  いろいろな漢字や命についておしえてくれてありがとうございました。自分は一人ではない、みんながいるということがよく分かりました。命はあってもいいなと思いました。あと村上さんは、いじめられたりとてもかわいそうと思いました。あとハーモニカがとてもじょうずでした。今日言っていたことはわすれません。今日一日ありがとうございました。これからもお仕事がんばってください。(3年)
 3年生の人がこんなに長文の感想を記してくれた。欄外に大幅にはみ出す形で書いてくれた。太くしっかりした字で。こちらこそ長い時間の話につきあってくれて、ありがとうございました-シモ

*84   下橋先生の話がすごく良かった。「命:「一生」「ゆめ」「せかい」「一人じゃない」「失わないで」など、本も見せてくれて、「99さいの医者」など、「生きているだけでひゃくてんまんてん」「小さなあなたへ」など、いろんな本や実さいにあった事など、私の知らなかったことをたくさん教えてくれました。すごいなあと思いました。(3年)
 この人も、欄外にはみ出す形で、いっぱい書いてくれました。やはり、大きな字ではっきりと。おじさんはもう胸がいっぱいです-シモ

*85   お父さんお母さんがいない人でも、元気に本をかいてすごいとおもう。99才の人も元気でびっくりした。命はたいせつだと思った。

 -私が人生の目標にしている医師の日野原重明さんの本を写しだして見てもらった。『生きてるだけで100点満点』日野原さんの近著である。その本には、付録に日野原さんの郷里の山口県・湯田小学校で行われた「いのちの授業」のDVDが収められている。99歳直前の授業だ。この出前授業に出かける前にそのDVDを観た。「いのちはどこにあるのかな?」という問いかけから始まっていた。私は私流でこれからも「いのちの出前授業」を続けていきたい。今回初めて小学校で機会を与えてくださった妙見坂小学校の校長始め諸先生方に厚くお礼を申し上げます。そして、なにより60分という長い時間にわたり、熱心に参加してくださった3~4年生の5つの学級のみなさんに「ありがとうございました。」と最後にお礼を言います。


 

お問い合わせはコチラへ!

icon 電話090-5256-6677 
icon E-mailsonen1939@s4.dion.ne.jp

ご不明な点がございましたら、まずはお気軽にご相談下さい。


ページトップに戻る