お問い合わせをお待ちしております
TEL. 00-0000-0000
営業時間 AM10:00 ~ PM20:00
コラム コロナ禍に想う
◆コロナ禍の下、一大決意でやり遂げたお仕事~
「引つ越し騒動記」後日談~
「80にして立つ」といえば勇ましいが、無謀にも80歳をすぎて引っ越しを敢行したシモノ`シの悪戦苦闘ぶりは、つとに以前したためた『引っ越し騒動記』にくわしい。その引っ越しからまもなく、世間ではマスコミ報道3くわわり、毎日毎日「コロナ」という活字。ことばを目にしない、間かない日はない、コロナに明け暮れていた状態の時だった。次々予定されていた会合も中止ないし延期されていった。
4月に入り《緊急事態宣言》なるものが下され、外出自粛、オンテイン授業、学校一斉体校、「三密」避けよ!国のトップ、自治体の長がご託宣をならべる。すると、なかには「家を一歩も出ない」といった従順なひとも現れる。拙者は「ようまあ、従順な民よ」とあきれ、「何をそんなに恐れてるの?」「ただ恐れてばかりいないで、正しく恐れよ、ということでないの?」「正しく恐れるためには、まずは医学。医療関係者や研究者の知見、事実関係の情報、歴史からみる感染リスクの実態をみずから収集することが不可欠だ」と、時あればひとに言い、必要最低限の「予防」はしながら、世の中の動きを可能な限り注視する、そうしているうちに、2カ月くらいは、またたくまに過ぎていった。
〇
そんな中、引っ越し後我が家を少しでも住みやすくすることを考え、少しずつ手を施していく。いつまでも段ボールを積み上げていては、ゴキブリに快適な住処を与え続けることになる。少しずつ段ボールを片付け始めなくては。その前にいちおう「寝室」と決めたところ。奥の間から手を付け始める。といっても、拙者はなにもできない。そこでカーテンを取り寄せてもらい、装着までしてもらった方にお願いし、床に絨毯を張りたいと申し出る。スマホからネットでまた申し込んでもらった。だいぶ日数を経てようやく品物がとどく。畳を敷いたあとの残りの面積のフロアを採寸してもらい、ロールのように丸くなった絨毯を寸法通りきりとり、据え付ける作業を、またGさんにお願いした。次は、玄関ドアを入った所から、他の2室が丸見えなので、なんとか「目隠し」にもなるし、飾りにもなる「パーテーション」を据え付けてみたらどうか、そう考えた。
考えてはみたものの、それに適した「品」をネツトでさがし、注文するのは拙者ではない。またしてもGさんを煩わすことになる。Gさんこと、整体鍼灸師の具志堅さんは、すこしもいやな顔をせず、拙者のイメージに沿うような品をみつけだし、注文してくれる。こちらは、割とはやく品物が届いた。するとまたしても、Gさんのお出ましを願うことに。ひょいひょいと現れ、届いた荷物を箱から出し、説明書に目を通し、「うん、こうなってるんだな」といっぺんに理解し、組み立て始める。こういった技術いや技能いや才能をまったく持ち合わせていない拙者は、次々と組み立てられる様子を見学することになる。玄関ドアの内側のカーテンは、これは緑色のを先に購入して取り付けておいたので(といっても洗濯バサミで挟んだだけ)、この衝立風のパーテーションが据え付けられれば、DKの模様つくりは仕上がりだ。
二つの板にはクマの縫いぐるみ二つ(白と茶色)、うさぎの置物、陶芸作品「カッパ」などを置く。その上と下に帽子三つずつ二段にわけて掛ける。これで飾りは終了。「ああ、これで部屋らしくなった!!」と、主はご満悦。これもあれも、みな人の手を借りて成ったものばかりだ。ありがたやアリガタヤ。心の中で手を合わせる。あとは、主に仕事をする部屋に充てている所の段ボール(主にビデオテープ類、処理できていない書類など)をどうするか。さらに毎日切ウ取ったりしている新聞などが散乱しているのを、どう片付けるか。
いや待てよ、段ボールに閉じ込めた「本」がまだまだあることに気づかされる。これを一人で処理するのは、拙者の手にあまる。これまた、引っ越し手伝い組を煩わさなくては片付かない。それぞれ仕事や用事のある卒業生をまたも声をかけ、本の整理にとりかかってもらった。あるはあるは、そうとう徳之島の家に送ったはずだが。
一方、古書店に声をかけたが、書き込みのある本を引き取らない。きれいな新書本を十数冊もちかえってもらうのが精いっぱい。もう1店、店主と親しくしていたので電話するも、「今は吉本は動かないですよ。もうしばらくしてからにされたら」とご親切に忠告してくださる。二つステールの本箱が壊れたため、どうしても全部を本箱に収めきれない。はみ出た本類は、やむをえず畳の上に並べる始末とあいなった。
〇
ソーシャルディスタンス、ロックダウン・・・横文字が使われ、それに従わされているうちに、ひと月たち、二月たちと、時間ばかり経過する。こんなことではならじと、この《巣籠り》状態をうまく活用する手はないものか、思案しているうち、フト思いついたのだ。「そうだ、第ニエッセイ集を出そう」と。以前出した『喜寿にむかう風』からすでに8年近く経っている。それ以後の原稿をとりだし、編集するのだ。
それから、毎日のように机の前に陣取った。データの入ったボックスから一つひとつ文章を取り出す。よむ、誤字を訂正する、章立てして取り出した文章のどれをどの章に入れるかを考える。これには、8年前にだした前記のF喜寿に。・・』の章立てが参考になる。こうして、連日の編集作業が延々と続いていった。
2~3時間、その作業に没頭すると、頭に血が上って充血してくる。座りっばなしで、身体を動かさないため、手足、腰あたりが具合悪くなる。・・・夕刻になると充血した頭を冷やすため、アルコールに走る。
こんな作業が2カ月余りもつづいた。そのうち、徳之島・天城町の教職員研修の日が迫ってくる。並行してこの方の資料づくりを並行してやらないと間に合わないりある程度「研修のイメージ」ができたら、島に出かけて打ち合わせしないと…。 6月下旬いったん編集に区切りをつけ、出かけた。
〇
つらつら考えてみると、徳之島から戻ってきた矢先に右脚に痛みが発生し、先の整体鍼灸師のところに駆け込んだ。駆け込んだと簡単にに言うが、もし前のアパートであれば、阪急の京都線・千里線の二つをくぐらないと行けない。普段なら自転車にのウ15分程度で着くが、引っ越したマンションからはものの3分とかからない。その手前に「花井医院」がある。道一つ隔てて斜め向かいという位置にある。その花井医院の隣のマンションに整体の診療所はある。また、日常の買い物は、商店街がごく近くにあり、そこの各店でほぼ間に合う。郵便局も銀行も商店街の真ん中と端っこにある。コンビニが一軒、その途中にある。そこでコピーはできる、各種の支払いもできるaコーヒーを飲みながら休憩もできる。
この便利さに、引っ越したしばらくは気づかなった。しかし、8月に徳之島から戻って右脚に痛みがでて、歩行に困難になると、この近さがなんともありがたいこととなる。しかもようやく右脚が治ってきた9月の10日、今度は自車が左に倒れてきて、前に一度痛めた左脚をケガしてしまった。一歩も外出できない状態になってしまった。とたんに、いくら近いといっても「買い物」に行けない。冷蔵庫にある食糧や必要な雑貨類が底をついてくるのは、目に見えている。さあ、大変だ。SOSをメールで発信する。もし前のアパートであれば、駅まで、商店街までかなりの距離になる。買い物を頼むにせよ、引っ越したマンションのようなわけにはいかない。そこまで考えての引っ越しではなかったが、今になると、わが脚で歩けないとなると、ひとにものを頼むにせよ、この近さでこそ頼みやすい。かくて、結果的に今回の引っ越しは、大当たりであった。(完)
お問い合わせはコチラへ!
電話: 090-5256-6677
E-mail:sonen1939@s4.dion.ne.jp
ご不明な点がございましたら、まずはお気軽にご相談下さい。



